ヴィクトリア朝時代手彫り装飾が彫り込まれたスターリングシルバーのバターナイフだ。
何とも細かで美しい彫刻ですね。
当時は今と違って職人の賃金が極めて安く、いまだと機械で行うような作業も手作業でやっている部分も大きかったのだ。
いまから考えると贅沢な話ですね。
たしかに今とは違う時代だな。このバターナイフが作られたのは1890年だ。
なんと!120年以上まえのことですか!!
それは色々なものが変わりますね……。
そこで1890年に起こった出来事を挙げて、この品物が生まれた時代に思いを馳せてみようと思う。
はい!
まず日本で起こった大きな出来事だが、7月に第一回衆議院総選挙が行われている。またそれを受けて11月には第一回帝国議会も開院しているな。ここら辺は前年の1889年に大日本帝国憲法が発布されたことによる。

第一回帝国議会開院式
日本という国がようやく近代国家の形を整え始めた頃なんですね。
世界的な出来事としては、3月にドイツ帝国の宰相を長く務めたビスマルクが辞任している。この後、ドイツは拡大主義政策に邁進して、第一次世界大戦へとつながっていくな。

"船を降りる水先案内人" ビスマルクの辞任を風刺した漫画
当時はまだその前段階なのですね。
文化的な内容としては、7月に「ひまわり」などの絵で有名なヴィンセント・ヴァン・ゴッホが自殺している。

ゴッホの自画像
うーん、私たちがよく知ってる時代の、前の前の前、といった感じですね。
そんな時代に作られたバターナイフだ。歴史を感じ取って頂けると幸いだ。
毎日使ってヴィクトリアンの気分に浸るのもいいですよー!

ヴィクトリアン 手彫り花模様 シルバーバターナイフ

価格:6450円
サイズ: 15.6cm (刃部分7.5cm)

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ヨーロッパには数々の「世界一美しい広場」がある!
( ゚Д゚)…………なんかいきなりひどい矛盾を聞いた気がします。
まあ「美」に絶対的基準があるわけじゃないからね。
そんな世界一美しい広場の一つ「サン・マルコ広場」を描いた精密イラストポスターだ。
描かれているのは、まず、数々の壁画と彫刻によって飾られたゴシック建築の至宝「ドゥカーレ宮殿」とその隣にある「溜め息の橋」。

ドゥカーレ宮殿と溜め息橋
高さ100メートルを誇る、サン・マルコ広場の顔ともいえる「鐘楼」。

鐘楼
ヴェネツィアの精神的支柱として、華麗なビザンチン様式による威容をみせる「サン・マルコ大聖堂」。

サン・マルコ大聖堂
そしてそのわきにあるよくわからない建物

よくわからない(?)建物
よくわからないって、なんですか!
だって本当に知らないんだもの!
威張って言わないでください!!
……改めて調べてみました。これは「時計塔」のようですね。
…………!!Σ(゚д゚lll)
それらが精緻な筆致でしっかりと描き込まれていますよ。
コンスタンチノープルからどさくさにまぎれて持ってこられた「四分統治の像」までしっりかりと印刷されていて、ちょっとやりすぎじゃないというぐらいの精密さです。ぜひどうぞ!

テトラルキア(四分統治)像

ヴェネツィア サン・マルコ広場

価格:960円
サイズ:40cm×30cm

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チェコのプラハにある聖ヴィート大聖堂の精密イラストポスターだ。
聖ヴィート大聖堂はプラハで最も重要なカトリック聖堂ですね。
プラハの街は世界遺産に指定されているが、その中でも最も目立つ建物だ。非常に珍しいことにプラハ城の城内にこの大聖堂はある。
あら、ホント。
建造開始は1344年だが、完成したのは20世紀に入ってからの1929年だ。なんと600年近くもの歳月をかけて何度もの中断をはさみながらコツコツと造られていったのだ。
大聖堂建設は非常に時間のかかる事業で、だいたい250年ぐらいかかることが多いようだが、それでも群を抜いた長期間に渡る建設だな。
気が遠くなる話です……設計者は確実に生きているうちに完成した姿が見れませんね。
それだけの歳月がかけられたためいくつもの建築様式が混じってはいるが、全体としては当初の設計が尊重されたゴシック様式で、外観は非常に均整がとれた統一感あるものになっている。
とても堂々とした建物です。
内部も非常に凝っていて、ボヘミアンガーネットで覆われたチャペルや2トンもの銀で作られたチェコの守護聖人ヤン・ネポムツキーの墓、そしてミュシャの手による美麗なステンドグラスなど見どころは非常に多い。

十貴石と黄金で彩られた聖ヴァーツラフ礼拝堂

聖ヤン・ネポムツキーの純銀製の墓

ミュシャのデザインによるステンドグラス
建物の内部はポスターには関係ないですけどね。
…………精密なイラストはしっかりと外観を再現しております。
ま、まあともかく、王都プラハを長い年月見守ってきた大聖堂のポスター、雰囲気もすごくあります。額縁に入れるかラミネート加工してお部屋に飾ってみてはいかがでしょうか。

プラハ 聖ヴィート大聖堂 ポスター

価格:980円
サイズ:40cm×30cm

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ミラノの街の中心にあるドゥオーモの精密イラストポスターだ。
おお!煌びやかそうな建物ですね!!
430年の歳月をかけて造られた、135の尖塔と2000以上の彫刻によって飾られている世界最大のゴシック建造物だ。とはいえ、百聞は一見にしかず!これらの写真を見てほしい。
こ、この彫刻の量と尖塔の数……目がくらくらするようなものすごい建物です!
この繊細なレース細工のように華麗なドゥオモをポスターは正面からしっかりと精密に再現しているぞ。
存在感があって部屋の雰囲気も華やかになりそうなポスターですね!お好きな方は、ぜひどうぞ!。

ミラノ ドゥオーモ ポスター

価格:2200円
サイズ: 59cm×84cm

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15.jpg今回の紹介はイタリアンモザイクの小物入れですね。

 

11.jpgそうだ。"モザイクの都"と呼ばれるイタリアはラヴェンナの職人さんの手による手作りの品だ。  

 

P1070226.jpg

15.jpgではラヴェンナのモザイクについて説明していただけますか?

 

11.jpgそもそも、石や陶器の小片を組み合わせて絵や図像を作るモザイク工芸は、古代世界の代表的な装飾工芸なのだけど、イタリアでは特にローマ時代に栄えた。

 

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ローマ・モザイク

 

15.jpgではそのローマのモザイクの直系なのですね。

 

11.jpgいや実はそういうわけでもない。というのは、イタリアのモザイク工芸の伝統はローマ帝国の衰退とともに一時途絶えてしまうのだ。

 

15.jpgえー!ではラヴェンナのモザイク工芸はどこから来たのですか?

 

11.jpgさきほど『ローマ帝国の衰退』と言ったのだけど、ローマという国全体が衰えたきったわけじゃなかったんだ。ローマの東半分、今のギリシャからトルコ、エジプトにかけては「東ローマ(ビザンチン)帝国」としてイタリア半島とは別に栄えていたんだ。 

15.jpg「ローマ帝国」なのにイタリアにないとはややこしい国ですね。

 

11.jpgたしかに。でもそのややこしい東ローマ帝国という国があったおかげでモザイクの技術も発達を続けられたんだ。やがて東ローマ帝国の首都コンスタンティノープル(いまのイスタンブール)でガラスに金や銀の箔を挟み込んで作るモザイクが作られるようになる。それがイタリア半島に伝わって作られたのが世界遺産としてラヴェンナに残る教会群のモザイク装飾だ。 

P1070113.jpg

 

ラヴェンナ サンタポリナーレ・インクラッセ聖堂

 

15.jpgへ?。ではイタリアで発達したものが東に渡って、そこで発達したものがまたイタリアにもどってきたものが今のラヴェンナのモザイクの原型なのですね。でもまたラヴェンナなんていう町に? 

 

11.jpg東から技術が戻ってきた当時のイタリアの首都はローマではなくラヴェンナだったのだ。

 

15.jpgええっ!、

 

11.jpg本当の話だぞ。

 

15.jpgオドロキですね。

 

11.jpgそんなわけでこのモザイクの小物入れも、金箔や銀箔をガラスが挟み込む形の東ローマ式のモザイク装飾技術が使われている。ちなみに挟んでいるガラスはヴェネツィア産のガラスだ。

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15.jpgヴェネツィアといえばガラスが有名ですね。

 

11.jpgこのヴェネツィアのガラスも東ローマやラヴェンナからの技術が移っていって発達したものだから色々と関わりがある組み合わせなんだ。

 

15.jpgまさに『モノに歴史有り』というところですね。 

 

11.jpgそんなラヴェンナモザイクの小物入れ、是非とも歴史を感じながら手にとって欲しい。

 

15.jpg手のひらにのる大きさですけど、しっかりと時間の重みがつまってますよ。

 

 

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15.jpg今回の紹介はイタリアンモザイクの小物入れですね。

 

11.jpgそうだ。"モザイクの都"と呼ばれるイタリアはラヴェンナの職人さんの手による手作りの品だ。  

 

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15.jpgではラヴェンナのモザイクについて説明していただけますか?

 

11.jpgそもそも、石や陶器の小片を組み合わせて絵や図像を作るモザイク工芸は、古代世界の代表的な装飾工芸なのだけど、イタリアでは特にローマ時代に栄えた。

 

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ローマ・モザイク

 

15.jpgではそのローマのモザイクの直系なのですね。

 

11.jpgいや実はそういうわけでもない。というのは、イタリアのモザイク工芸の伝統はローマ帝国の衰退とともに一時途絶えてしまうのだ。

 

15.jpgえー!ではラヴェンナのモザイク工芸はどこから来たのですか?

 

11.jpgさきほど『ローマ帝国の衰退』と言ったのだけど、ローマという国全体が衰えたきったわけじゃなかったんだ。ローマの東半分、今のギリシャからトルコ、エジプトにかけては「東ローマ(ビザンチン)帝国」としてイタリア半島とは別に栄えていたんだ。 

15.jpg「ローマ帝国」なのにイタリアにないとはややこしい国ですね。

 

11.jpgたしかに。でもそのややこしい東ローマ帝国という国があったおかげでモザイクの技術も発達を続けられたんだ。やがて東ローマ帝国の首都コンスタンティノープル(いまのイスタンブール)でガラスに金や銀の箔を挟み込んで作るモザイクが作られるようになる。それがイタリア半島に伝わって作られたのが世界遺産としてラヴェンナに残る教会群のモザイク装飾だ。 

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ラヴェンナ サンタポリナーレ・インクラッセ聖堂

 

15.jpgへ?。ではイタリアで発達したものが東に渡って、そこで発達したものがまたイタリアにもどってきたものが今のラヴェンナのモザイクの原型なのですね。でもまたラヴェンナなんていう町に? 

 

11.jpg東から技術が戻ってきた当時のイタリアの首都はローマではなくラヴェンナだったのだ。

 

15.jpgええっ!、

 

11.jpg本当の話だぞ。

 

15.jpgオドロキですね。

 

11.jpgそんなわけでこのモザイクの小物入れも、金箔や銀箔をガラスが挟み込む形の東ローマ式のモザイク装飾技術が使われている。ちなみに挟んでいるガラスはヴェネツィア産のガラスだ。

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15.jpgヴェネツィアといえばガラスが有名ですね。

 

11.jpgこのヴェネツィアのガラスも東ローマやラヴェンナからの技術が移っていって発達したものだから色々と関わりがある組み合わせなんだ。

 

15.jpgまさに『モノに歴史有り』というところですね。 

 

11.jpgそんなラヴェンナモザイクの小物入れ、是非とも歴史を感じながら手にとって欲しい。

 

15.jpg手のひらにのる大きさですけど、しっかりと時間の重みがつまってますよ。

 

 

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15.jpg今回の紹介はイタリアンモザイクの小物入れですね。

 

11.jpgそうだ。"モザイクの都"と呼ばれるイタリアはラヴェンナの職人さんの手による手作りの品だ。  

 

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15.jpgではラヴェンナのモザイクについて説明していただけますか?

 

11.jpgそもそも、石や陶器の小片を組み合わせて絵や図像を作るモザイク工芸は、古代世界の代表的な装飾工芸なのだけど、イタリアでは特にローマ時代に栄えた。

 

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ローマ・モザイク

 

15.jpgではそのローマのモザイクの直系なのですね。

 

11.jpgいや実はそういうわけでもない。というのは、イタリアのモザイク工芸の伝統はローマ帝国の衰退とともに一時途絶えてしまうのだ。

 

15.jpgえー!ではラヴェンナのモザイク工芸はどこから来たのですか?

 

11.jpgさきほど『ローマ帝国の衰退』と言ったのだけど、ローマという国全体が衰えたきったわけじゃなかったんだ。ローマの東半分、今のギリシャからトルコ、エジプトにかけては「東ローマ(ビザンチン)帝国」としてイタリア半島とは別に栄えていたんだ。 

15.jpg「ローマ帝国」なのにイタリアにないとはややこしい国ですね。

 

11.jpgたしかに。でもそのややこしい東ローマ帝国という国があったおかげでモザイクの技術も発達を続けられたんだ。やがて東ローマ帝国の首都コンスタンティノープル(いまのイスタンブール)でガラスに金や銀の箔を挟み込んで作るモザイクが作られるようになる。それがイタリア半島に伝わって作られたのが世界遺産としてラヴェンナに残る教会群のモザイク装飾だ。 

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ラヴェンナ サンタポリナーレ・インクラッセ聖堂

 

15.jpgへ?。ではイタリアで発達したものが東に渡って、そこで発達したものがまたイタリアにもどってきたものが今のラヴェンナのモザイクの原型なのですね。でもまたラヴェンナなんていう町に? 

 

11.jpg東から技術が戻ってきた当時のイタリアの首都はローマではなくラヴェンナだったのだ。

 

15.jpgええっ!、

 

11.jpg本当の話だぞ。

 

15.jpgオドロキですね。

 

11.jpgそんなわけでこのモザイクの小物入れも、金箔や銀箔をガラスが挟み込む形の東ローマ式のモザイク装飾技術が使われている。ちなみに挟んでいるガラスはヴェネツィア産のガラスだ。

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15.jpgヴェネツィアといえばガラスが有名ですね。

 

11.jpgこのヴェネツィアのガラスも東ローマやラヴェンナからの技術が移っていって発達したものだから色々と関わりがある組み合わせなんだ。

 

15.jpgまさに『モノに歴史有り』というところですね。 

 

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11.jpgそうだ。"モザイクの都"と呼ばれるイタリアはラヴェンナの職人さんの手による手作りの品だ。  

 

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15.jpgではラヴェンナのモザイクについて説明していただけますか?

 

11.jpgそもそも、石や陶器の小片を組み合わせて絵や図像を作るモザイク工芸は、古代世界の代表的な装飾工芸なのだけど、イタリアでは特にローマ時代に栄えた。

 

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ローマ・モザイク

 

15.jpgではそのローマのモザイクの直系なのですね。

 

11.jpgいや実はそういうわけでもない。というのは、イタリアのモザイク工芸の伝統はローマ帝国の衰退とともに一時途絶えてしまうのだ。

 

15.jpgえー!ではラヴェンナのモザイク工芸はどこから来たのですか?

 

11.jpgさきほど『ローマ帝国の衰退』と言ったのだけど、ローマという国全体が衰えたきったわけじゃなかったんだ。ローマの東半分、今のギリシャからトルコ、エジプトにかけては「東ローマ(ビザンチン)帝国」としてイタリア半島とは別に栄えていたんだ。 

15.jpg「ローマ帝国」なのにイタリアにないとはややこしい国ですね。

 

11.jpgたしかに。でもそのややこしい東ローマ帝国という国があったおかげでモザイクの技術も発達を続けられたんだ。やがて東ローマ帝国の首都コンスタンティノープル(いまのイスタンブール)でガラスに金や銀の箔を挟み込んで作るモザイクが作られるようになる。それがイタリア半島に伝わって作られたのが世界遺産としてラヴェンナに残る教会群のモザイク装飾だ。 

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ラヴェンナ サンタポリナーレ・インクラッセ聖堂

 

15.jpgへ?。ではイタリアで発達したものが東に渡って、そこで発達したものがまたイタリアにもどってきたものが今のラヴェンナのモザイクの原型なのですね。でもまたラヴェンナなんていう町に? 

 

11.jpg東から技術が戻ってきた当時のイタリアの首都はローマではなくラヴェンナだったのだ。

 

15.jpgええっ!、

 

11.jpg本当の話だぞ。

 

15.jpgオドロキですね。

 

11.jpgそんなわけでこのモザイクの小物入れも、金箔や銀箔をガラスが挟み込む形の東ローマ式のモザイク装飾技術が使われている。ちなみに挟んでいるガラスはヴェネツィア産のガラスだ。

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15.jpgヴェネツィアといえばガラスが有名ですね。

 

11.jpgこのヴェネツィアのガラスも東ローマやラヴェンナからの技術が移っていって発達したものだから色々と関わりがある組み合わせなんだ。

 

15.jpgまさに『モノに歴史有り』というところですね。 

 

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15.jpg手のひらにのる大きさですけど、しっかりと時間の重みがつまってますよ。

 

 

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11.jpgそうだ。"モザイクの都"と呼ばれるイタリアはラヴェンナの職人さんの手による手作りの品だ。  

 

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15.jpgではラヴェンナのモザイクについて説明していただけますか?

 

11.jpgそもそも、石や陶器の小片を組み合わせて絵や図像を作るモザイク工芸は、古代世界の代表的な装飾工芸なのだけど、イタリアでは特にローマ時代に栄えた。

 

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ローマ・モザイク

 

15.jpgではそのローマのモザイクの直系なのですね。

 

11.jpgいや実はそういうわけでもない。というのは、イタリアのモザイク工芸の伝統はローマ帝国の衰退とともに一時途絶えてしまうのだ。

 

15.jpgえー!ではラヴェンナのモザイク工芸はどこから来たのですか?

 

11.jpgさきほど『ローマ帝国の衰退』と言ったのだけど、ローマという国全体が衰えたきったわけじゃなかったんだ。ローマの東半分、今のギリシャからトルコ、エジプトにかけては「東ローマ(ビザンチン)帝国」としてイタリア半島とは別に栄えていたんだ。 

15.jpg「ローマ帝国」なのにイタリアにないとはややこしい国ですね。

 

11.jpgたしかに。でもそのややこしい東ローマ帝国という国があったおかげでモザイクの技術も発達を続けられたんだ。やがて東ローマ帝国の首都コンスタンティノープル(いまのイスタンブール)でガラスに金や銀の箔を挟み込んで作るモザイクが作られるようになる。それがイタリア半島に伝わって作られたのが世界遺産としてラヴェンナに残る教会群のモザイク装飾だ。 

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ラヴェンナ サンタポリナーレ・インクラッセ聖堂

 

15.jpgへ?。ではイタリアで発達したものが東に渡って、そこで発達したものがまたイタリアにもどってきたものが今のラヴェンナのモザイクの原型なのですね。でもまたラヴェンナなんていう町に? 

 

11.jpg東から技術が戻ってきた当時のイタリアの首都はローマではなくラヴェンナだったのだ。

 

15.jpgええっ!、

 

11.jpg本当の話だぞ。

 

15.jpgオドロキですね。

 

11.jpgそんなわけでこのモザイクの小物入れも、金箔や銀箔をガラスが挟み込む形の東ローマ式のモザイク装飾技術が使われている。ちなみに挟んでいるガラスはヴェネツィア産のガラスだ。

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15.jpgヴェネツィアといえばガラスが有名ですね。

 

11.jpgこのヴェネツィアのガラスも東ローマやラヴェンナからの技術が移っていって発達したものだから色々と関わりがある組み合わせなんだ。

 

15.jpgまさに『モノに歴史有り』というところですね。 

 

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15.jpg手のひらにのる大きさですけど、しっかりと時間の重みがつまってますよ。

 

 

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11.jpgそうだ。"モザイクの都"と呼ばれるイタリアはラヴェンナの職人さんの手による手作りの品だ。  

 

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15.jpgではラヴェンナのモザイクについて説明していただけますか?

 

11.jpgそもそも、石や陶器の小片を組み合わせて絵や図像を作るモザイク工芸は、古代世界の代表的な装飾工芸なのだけど、イタリアでは特にローマ時代に栄えた。

 

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ローマ・モザイク

 

15.jpgではそのローマのモザイクの直系なのですね。

 

11.jpgいや実はそういうわけでもない。というのは、イタリアのモザイク工芸の伝統はローマ帝国の衰退とともに一時途絶えてしまうのだ。

 

15.jpgえー!ではラヴェンナのモザイク工芸はどこから来たのですか?

 

11.jpgさきほど『ローマ帝国の衰退』と言ったのだけど、ローマという国全体が衰えたきったわけじゃなかったんだ。ローマの東半分、今のギリシャからトルコ、エジプトにかけては「東ローマ(ビザンチン)帝国」としてイタリア半島とは別に栄えていたんだ。 

15.jpg「ローマ帝国」なのにイタリアにないとはややこしい国ですね。

 

11.jpgたしかに。でもそのややこしい東ローマ帝国という国があったおかげでモザイクの技術も発達を続けられたんだ。やがて東ローマ帝国の首都コンスタンティノープル(いまのイスタンブール)でガラスに金や銀の箔を挟み込んで作るモザイクが作られるようになる。それがイタリア半島に伝わって作られたのが世界遺産としてラヴェンナに残る教会群のモザイク装飾だ。 

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ラヴェンナ サンタポリナーレ・インクラッセ聖堂

 

15.jpgへ?。ではイタリアで発達したものが東に渡って、そこで発達したものがまたイタリアにもどってきたものが今のラヴェンナのモザイクの原型なのですね。でもまたラヴェンナなんていう町に? 

 

11.jpg東から技術が戻ってきた当時のイタリアの首都はローマではなくラヴェンナだったのだ。

 

15.jpgええっ!、

 

11.jpg本当の話だぞ。

 

15.jpgオドロキですね。

 

11.jpgそんなわけでこのモザイクの小物入れも、金箔や銀箔をガラスが挟み込む形の東ローマ式のモザイク装飾技術が使われている。ちなみに挟んでいるガラスはヴェネツィア産のガラスだ。

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15.jpgヴェネツィアといえばガラスが有名ですね。

 

11.jpgこのヴェネツィアのガラスも東ローマやラヴェンナからの技術が移っていって発達したものだから色々と関わりがある組み合わせなんだ。

 

15.jpgまさに『モノに歴史有り』というところですね。 

 

11.jpgそんなラヴェンナモザイクの小物入れ、是非とも歴史を感じながら手にとって欲しい。

 

15.jpg手のひらにのる大きさですけど、しっかりと時間の重みがつまってますよ。

 

 

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